TENPEI-LOG

祖母の認知症に僕に教えてくれたいくつかのこと

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みなさん、認知症というのをご存知ですか?
他人事だと思っていると訪れるのが、家族のことですよね。

僕自身、祖母が認知症だということを知ったのは、この記事を執筆するほぼ一年前、2017年の12月の年末だった。

僕自身の家庭が母子家庭だったり様々、あるのだが、母から、祖母が認知症だということを聞いた。

その時、僕自身は、80にもなる祖母が、完全無欠の健康体であるはずはないよな、と思う一方で、あの優しかった祖母はどうなってしまうのか?と男孫の私は、その時点で軽く思ったものだ。

今の時点では、すべて個人の事情を述べることはできないが、家族が家族でいられないぐらいの大喧嘩も立て続いた。

孫の前でがんばる祖母、子(私の母)にあたり散らかす祖母、子にあたる母からきつい言葉を浴びせられる私。母から見たら、きつい祖母で、僕はその関係性は嫌いだったし、何を信じていいかは多くはわからない。

絶対的君主祖母がいて、その下に私の母がいて、そんなヒエラルキーのさらに下に僕がいたんだ、そんなことを感じるこの介護の時間でした。

人は、どこに産まれるかを選べない。
それはさながら、限定条件下で行われるトランプゲーム。
采配にケチを付け続けるやつは次のゲームの場すら訪れない。

だとしたら、今の状況を打破したのはなにか?シンプルだがお伝えしよう。

1:介護のために休暇を取る

これが、まず第一手だ。当時努めていた、大変家庭に理解のある会社でも、多少苦い顔はするぐらいだ。
正直、苦い顔なんてしょうがない。今の日本で。贅沢言わない。言ってもいいけどいわない。
休暇なんか取れるわけないしましてや有給なんてつかえるんだろうか?
そんな人はだまって有給申請すればいい。
有給申請をことわることができるのは、会社側からしたら特殊な条件下だけだ。
詳しくはぐぐるといいだろう。

2:家族の連絡網を整備する

これは、非常に大切だと感じた。
社会人になって、最初に習うのが、報告、連絡、相談の仕方だ。

非常に頭がおかしくなりそうだったのが、親戚3名(母、母の姉、祖母の妹)ですべて言うことが違うのだ。
それはさながら推理小説であり、嘘を見抜くゲームである。

全員、自己顕示欲の塊で、欲望の赴くままに発信するので、たまったもんじゃない。

まず、問題を把握するために、祖母の姉以外とは、ライングループで同時連携することとした。
すると、母、母の姉、僕、の三人は情報共有が同時に行われる。

なので、情報共有工数はへる。
まあ、いらない情報も届いたといって、ブチギレる母も何度も目にしたし、それに対して、産まれて28年でもっとも怒りを込めて起こった私も何度か登場したわけだが、その実験結果のみ報告することとする。

これほど人生で報連相と正しい情報伝達のできる言語活用について考えたときはない。

3:そうこうしているうちに、自宅からサービス付き高齢者向け住宅へ

祖母の介護の体制が進む中、孫である僕が祖母の家を訪ねた夏のある日。
祖母は、2018年の夏の暑さで熱中症になりかけていた。
エアコンをつけることもできず(せず)、ぐったりとしていたのだ。

戦争をくぐり抜けた祖母には、今の便利な世の中はどこか浮世離れしているのだろうか。
文明の利器に頼ることを拒否して、己の健康な体のみを信じる強い祖母は、そこで熱中症とともに横たわっていた。

救急車を呼んで、その後は簡単だ。
特に問題はなかったのだ、が、家族の腹は決まった。

サービス付き高齢者向け住宅に、今入れるうちに入ってもらおう、と。
僕が調べたわけではないか、年金とほぼ同額で入れたりもするらしいので、おすすめはしている。

4:まとめ

介護は、いろいろなものがみえてくる。人間関係も見えてくる。
本来、母は子である僕に見てほしくないといっていたものなので、多くの汚いもの、汚い言葉、をみたりもしたが、いい経験だ。
化物は地獄からしか産まれない。
今年の後半をいい地獄にしてくれた家庭環境に乾杯。

情報が正しく伝達されないとやばい恐怖を、身を持って感じました。

この記事は、あくまで筆者の体験談であり、介護のあり方などを問いただすものではありません。
ケースに過ぎませんが、何かの参考になればと思います。

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